平敦盛

能『敦盛』と、幸若舞『敦盛』とは全く異なるものなのですが、これらを混同している方がとても多いことから、それぞれについて記載したいと思います。

ここでは、能『敦盛』について記載します。

ちなみに、織田信長が好み歌舞していたと伝わる「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、一度生を享け、滅せぬもののあるべきか、これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」のフレーズが有名なのは、幸若舞『敦盛』です。

幸若舞『敦盛』については、こちらの記事をご覧ください。
幸若舞『敦盛』 ~現代によみがえる織田信長も愛した詩舞~

 

能について

厳密にいえば、「」と「能楽」とでは、意味が異なります。

能楽(のうがく)は、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称であり、国の重要無形文化財に指定され、さらに、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。

能の詳細については、こちらのページをご覧ください。

(ページは作成中です。)

 

能『敦盛』について

敦盛(あつもり)』は、能の演目のひとつで、「二番目物」の「公達物」に分類されます。

平家物語」の「敦盛最期」の章をもとに、世阿弥が編作したもので、 中之舞(黄鐘早舞・男舞)を舞う、大変優雅な演目です

※世阿弥(1363?〜1443?)は、室町初期に活躍した能役者であり、生涯でわかっているだけでも50作以上もの作品を書いた能作者でもあります。また、彼が著した能の理論書『風姿花伝(ふうしかでん)、風姿華傳とも』は、日本最古の演劇論とされています。相当に整った綺麗な顔をしていたらしく(いわゆるイケメン)、13歳の時、関白二条良基(にじょうよしもと)から「藤若(ふじわか)」という幼名を与えられたとき、良基は、「よくぞこんな美童が輩出したものだ」と、東大寺尊勝院の僧に宛てた手紙に書いて絶賛したといわれています。

能『敦盛』

概要

作者:世阿弥
場所:摂津国 須磨浦(現在の兵庫県神戸市須磨区)
季節:仲秋
分類:二番目物 公達物 太鼓なし

演者(登場人物)

前シテ:草刈りの男 直面 水衣男出立(労働をする男性の扮装)
後シテ:平敦盛の霊 面:敦盛など 修羅物出立(武将の扮装)
ツレ(3‐4人):草刈りの男 直面 水衣男出立
ワキ:蓮生法師(かつての熊谷直実) 着流僧出立(僧侶の扮装)
間狂言:須磨浦の男 肩衣半袴出立(庶民の扮装)

あらすじ

源氏の武将、熊谷次郎直実(くまがいのじろうなおざね)は、一の谷の合戦で年端も行かない平敦盛(たいらのあつもり)を討ち取ったのですが、あまりの痛ましさに無常を感じ、出家して蓮生(れんしょう・れんせい)と名乗ります。

ちなみに、平敦盛も熊谷直実も、同じ桓武平氏の血筋となります。

平氏系図についての詳細は、こちらのページをご覧ください。
平氏系図~平氏と平家~

平氏系図

 

源平合戦絵屏風
源平合戦絵屏風(重要美術品) 伝:狩野元信 
赤間神宮所蔵
Licensed under “Public domain”, via Wikimedia Commons.

寸法153×61.6、中央に福原の御所、右方は生田の森の争い、上部は一ノ谷、左方は須磨の浦での戦いが描かれている。上の絵は、熊谷直実が平敦盛を呼び止めているところ。

重要美術品は、文化財保護法施行以前、旧「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」に基づき日本政府が、日本国外への古美術品の流出防止を主目的として認定した有形文化財のこと。

 

秋八月、蓮生はかつて一ノ谷の戦いで討った平敦盛の菩提を弔うために摂津国須磨の浦へ赴きます。そこで回想に耽っていると、どこからともなく笛の音が聴こえ、草刈男たちが現れます。

蓮生が話しかけると、中のひとりが笛にまつわる話をします。そして、「自分は敦盛に縁のある者で、十念(じゅうねん;「南無阿弥陀仏」と十回唱えること)を授けて欲しい」と話します。

蓮生が経をあげると、男は、自身が敦盛の化身であることをほのめかし、姿を消します。

その晩、蓮生が敦盛の菩提を弔っていると、敦盛の霊が往時の姿で現れます。

夜、蓮生が読経していると、敦盛の霊が現れ、平家一門の栄枯盛衰を語り、平家最後の宴を懐かしんで中之舞を舞い、一ノ谷合戦での討ち死にの模様を再現して見せます。

そしてやっと敵である直実に巡り会えたと仇を討とうとするが、すでに出家し、蓮生となって弔いにつとめる直実はもはや敵ではないと悟り、極楽浄土では共に同じ蓮に生まれる身になろうと言い残し、敦盛の霊は姿を消します。

 

※仏教思想が反映されえいるため、敦盛が生前の行い(平家一門の栄華と驕り)を悔いる設定となっていますが、私としては、「いやいや、あなたたちが悪いわけじゃない、時代の流れだったんだよ」と言ってあげたいです……。

 

舞台の流れと詞章

現代語訳、英語訳については、「the能ドットコム」のものを参考にさせていただきました。

the 能 .com ホームページ

1 ワキ(蓮生)の登場(Rensei (Renshō) Enters)

能『敦盛』

須磨の地で繰り広げられた一ノ谷合戦において、我が子と同じ十六歳の若武者・平敦盛を討ち取った熊谷直実は、その悔恨の念から出家し、蓮生法師と名乗っていた。
日々念仏を唱え、敦盛の菩提を弔う蓮生(ワキ)。そんなある日、遂に意を決した彼は、敦盛との因縁の地・須磨へと赴くことにした。

In itinerant monk’s costume, Rensei (Renshō) enters by crossing the gangway bridge. He announces his identity, explaining that he used to be called Kumagai no Jirō Naozane, and that he is visiting the battlefield of Ichi-notani, in order to pray for the repose of the soul of Taira no Atsumori, whom he killed.

詞章

〔次第〕

ワキ(蓮生)
夢の世なれば驚きて。夢の世なれば驚きて。捨つるや現なるらん

〔名乗リ〕

ワキ(蓮生)
これは武蔵の国の住人。熊谷の次郎直実出家し。蓮生と申す法師にて候。さても敦盛を手に掛け申しし事。余りに御傷わしく候ほどに。かようの姿となりて候。またこれより一ノ谷に下り。敦盛の御菩提を弔い申さばやと思い候

〔道行〕

ワキ(蓮生)
九重の雲居を出でて行く月の。雲居を出でて行く月の。南にめぐる小車の淀山崎をうち過ぎて。昆陽の池水生田川波ここもとや須磨の浦。一ノ谷にも。着きにけり一ノ谷にも着きにけり

ワキ(蓮生)
急ぎ候ほどに。津の国一ノ谷に着きて候。まことに昔の有様今のように思い出でられて候。またあの上野に当たって笛の音の聞こえ候。この人を相待ち。この辺りのことども委しく尋ねばやと思い候

口語訳

〔次第〕

蓮生
この世は夢のようにはかないと気付き、浮世を捨てて出家したことこそ、紛れもない現実なのです。

〔名乗リ〕

蓮生
私は武蔵の国の住人で、熊谷次郎直実が出家し、蓮生と名乗った法師です。先の戦で、年若い平敦盛に手にかけたことは、あまりにも痛ましいことでありましたので、このような出家の姿になり、これから一の谷へ行って、敦盛の菩提を弔おうと思っています。

〔道行〕

蓮生
九重の雲 くもい 居すなわち、天皇の御所がある都を出て、月と同じく、私も南へ向かいました。
淀や山崎を通り過ぎ、昆 こや 陽の池、生 いくた 田川を渡り、「波ここもとや」と源氏物語にもある有名な須磨の浦、一の谷に到着しました。

蓮生
急いできましたので、津の国一の谷にもう着きました。まことに昔の有様が、今のことのように思い出されます。あの山上の野原で笛の音が聞えます。誰か浦人が来るのを待って、このあたりの事などを詳しく尋ねようと思います。

英語訳

[shidai]
To quiet entrance music, Rensei (Renshō) enters the stage, crossing the gangway bridge.

Rensei (Renshō)
Awakening to the fact that the world is fragile like a dream, I renounced the world, In actual fact, I became a priest.

Rensei (Renshō)
Before you is a resident of the Musashi province, Kumagai no Jirō Naozane, who now is a Buddhist monk named Rensei (Renshō), who has renounced the world. In the war with the Heike clan, I took the life of a youth, Taira no Atsumori, with this hand. It was a terrible tragedy. After the deed, I became the priest you see before you now. I am going to the battlefield of Ichi-no-tani to pray for the peace of Atsumori’s soul.

Rensei (Renshō)
As the moon travels, southward departing from the clouds, I too head to the south, leaving Kyoto where the emperor resides. Passing by Yodo’s famous water mill, going by Yamazaki, Koya Pond, after crossing the Ikuta River, I arrived at Ichi-no-tani on Suma Bay with its pounding waves, described in the Tale of Genji.

Rensei (Renshō)
As I hurriedly traveled, I have already reached Ichi-no-tani in Tsu province. The place reminds me of the battle as if it were happening to me now. The sound of the flute issues from the field on a hill over there. Some one must be there. I will wait for the player of the flute to inquire about this area.

2 前シテ・ツレ(草刈り男たち)の登場(The Grass Cutter and His Companions Enter)

能『敦盛』

爽やかな風が吹き抜けてゆく須磨浦。赤い夕日が海辺を照らし、男たちが家路を急ぐ頃。
須磨の地に至った蓮生の耳に、野風が笛の音を運んできた。
吹いていたのは、草刈りの男たち(前シテ・ツレ)。

The grass cutter enters with his companions (tsure).
With entrance music, the grass cutters enter.

詞章

シテ・ツレ(草刈り男たち)
草刈笛の声添えて。草刈笛の声添えて吹くこそ野風なりけれ。

〔サシ〕

シテ(草刈り男)
かの岡に草刈る男子野を分けて。帰るさになる夕まぐれ。

シテ・ツレ(草刈り男たち)
家路もさぞな須磨の海。少しが程の通い路に。山に入り浦に出ずる。憂き身の業こそもの憂けれ。

〔下歌〕

シテ・ツレ(草刈り男たち)
向わばこそ独り侘ぶとも答えまし。

〔上歌〕

シテ・ツレ(草刈り男たち)
須磨の浦藻塩誰とも知られなば。

ツレ(草刈り男)
藻塩誰とも知られなば。

シテ・ツレ(草刈り男たち)
我にも友のあるべきに。余りになれば侘び人の親しきだにも疎くして。住めばとばかり思うにぞ。憂きに任せて過ごすなり憂きに任せて過ごすなり。

口語訳

シテ・ツレ(草刈り男たち)
草刈笛の音をのせて吹き渡る風は、いかにも野の風である。

〔サシ〕

シテ(草刈男)
あちらの岡で草を刈る男も、野原をかき分けて帰る夕暮れとなった。

シテ・ツレ(草刈り男たち)
彼の男の家路も、おそらく我らと同じ須磨の浦のあたりだろう。わずかな道のりの間に、山に入り、浦に出て立ち働く。惨めな身の上の生業はつくづく辛いものである。

〔下歌〕

シテ・ツレ(草刈り男たち)
どうしているか聞かれたら、(行平の歌にあるように)独り侘びしく暮らしているとでも答えよう。

〔上歌〕

シテ・ツレ(草刈り男たち)
「わくらはに問う人あらば須磨の浦に藻 もしお 塩垂れつつ侘ぶとこたへよ」(古今集、在原行平)と古歌にあるように、須磨の浦で海藻を焼いて塩を取り、侘びしく暮らす私にも尋ねてくれる友がいたはずだが、あまりに落ちぶれたため、昔親しかった者も遠のいてしまった。このように侘しく住んでいるからだと思い、あきらめて物憂いままに日々を過している。

英語訳

Mowers
Breezes travel through the field, Breezes travel through the field, carrying the music of our flutes to the world.

Mower
Mowers working on yonder hills will go home, swimming in the waves of grass at dusk. It is the time to go home.

Mowers
As we do, they must live in Suma Beach, In a short travel back and forth, we cut grass and draw seawater day by day in the mountain, on the beach. Miserable toil is also hard for soul.

Mowers
If you ask how we are, our response will be “empty and lonely.”

Mowers
An old poem says that if your friend asks, tell him you are in grief pouring seawater at Suma Beach. If they know who I am, who boil seaweed for salt on the beach, who shed tears for a forlorn life, my friends will give a visit. Yet I fall down way so low.
Close friends never look back at me forlorn. Having pondered this painful world, I pass through days of bitterness.

3 ワキ(蓮生)は前シテ(草刈り男)に言葉を掛け、二人は言葉を交わす。( Dialogues between Grass Cutters and Rensei (Renshō))

蓮生は男たちに声をかける。
賤しい身に似合わぬ風雅な行いに蓮生は感心するが、男は「身分の高下によって相手を侮ってはならない」とたしなめ、草刈り笛の風情は古歌にも詠まれる風雅なものだと教える。

Rensei (Renshō) asks the grass cutters and his companions why they have played a flute, and discusses the lumberjack’s gong and the mower’s flute. The dialogue is followed by a recitation including the names of various great flutes.

詞章

ワキ(蓮生)詞
いかにこれなる草刈たちに尋ね申すべきことの候

シテ(草刈り男)詞
こなたのことにて候か。何事にて候ぞ

ワキ(蓮生)詞
ただいまの笛はかたがたの中に吹き給いて候か

シテ(草刈り男)詞
さん候我らが中に吹きて候

ワキ(蓮生)詞
あら優しや。その身にも応ぜぬ業。返すがえすも優しうこそ候へ

シテ(草刈り男)詞
その身にも応ぜぬ業と承れども。それ勝るをも羨まざれ。劣るをも賤しむなとこそ見えて候へ

ツレ(草刈り男)
その上樵歌牧笛とて

シテ・ツレ(草刈り男たち)
草刈の笛木樵の歌は。歌人の詠にも作り置かれて。世に聞こえたる笛竹の。不審な為させ給いそとよ

ワキ(蓮生)
げにげにこれは理なり。さてさて樵歌牧笛とは

シテ(草刈り男)
草刈の笛木こりの歌の

ワキ(蓮生)
憂き世を渡る一節を

シテ(草刈り男)
謡うも

ワキ(蓮生)
舞うも

シテ(草刈り男)
吹くも

シテ・ワキ(草刈り男たち)
遊ぶも

〔上歌〕

地謡
身の業の好ける心に寄り竹の。好ける心に寄り竹の。小枝蝉折様々に。笛の名は多けれども。草刈の吹く笛ならばこれも名は青葉の笛と思し召せ。住吉の汀ならば高麗笛にやあるべき。これは須磨の塩木の海士の焼き残しと思し召せ。海士の焼き残しと思し召せ

口語訳

ワキ(蓮生)
もし、そこの草刈の人達にお尋ねしたいことがあります。

シテ(草刈男)
私たちのことですか。何でしょう。

ワキ(蓮生)
今の笛は、あなた方の中のどなたかが吹いていらしたのですか。

シテ(草刈男)
私が吹いていました。

ワキ(蓮生)
それは優雅なこと。草刈という身分に似合わないことをなさいますね。なんとも、優美な音色でした。

シテ(草刈男)
その身分に似合わないとおっしゃいますが、「自分より勝っていても羨むな、劣っていても賤しむな」と言うではありませんか。しかも「樵歌牧笛(しょうかぼくてき)」と言って、

シテ・ツレ(草刈男達)
草刈の笛と木こり歌は、歌人にも詠まれていて、よく世間に知られています。その草刈が吹く笛なのだから不審に思わないでください。

ワキ(蓮生)
まったく、それはごもっとも。それでは樵歌牧笛とは、

シテ(草刈男)
草刈の吹く笛であり

ワキ(蓮生)
木こりの歌のこと。

シテ(草刈男)
憂世を生きるために一節を、

ワキ(蓮生)
歌うのも

シテ(草刈男)
舞うのも

ワキ(蓮生)
吹くのも

シテ・ワキ(草刈男たち)
遊ぶのも

〔上歌〕

地謡
そういうことは、風雅を好む心から生じるもの。
岸に流れ寄せられた寄り竹で作った笛は音が美しいものです。
名笛には「小枝(こえだ)」「蝉折(せみおれ)」など様々に、笛の名は多く伝わっておりますが、草刈の吹く笛の名は「青葉の笛」とでもお考えください。
住吉の浦ならば「高麗笛(こまぶえ)」になるでしょうが、ここは須磨の浦、海士の焼いた塩木ならぬ(名高い笛である)「海士」の焼残(たきさし)とでもお考えください。

英語訳

Rensei (Renshō)
Excuse me, but I would like to ask something of you, grass cutters.

Mower
Are you talking to us? What is it?

Rensei (Renshō)
Which of you played the flute I heard a moment ago?

Mower
Yes, sir. I did.

Rensei (Renshō)
It was so graceful. Playing the flute is so unexpected for someone such as a cutter of grass. It was truly sophisticated music.

Mower
Though you say such elegance does not fit me, a proverb says, “Do not envy people superior to you. Do not despise people inferior to you.” What’s more, it is described as a lumberjack’s song and the mower’s flute,

Mowers
the mower’s flute and lumberjack’s song are famous even in poems. We mowers do play flutes. Why do you wonder so?

Rensei (Renshō)
How true. I thoroughly agree with you. So you mean the lumberjack’s song and the mower’s flute,

Mower
the flute by a mower

Rensei (Renshō)
and the song by a lumberjack.

Mower
to ease the pain of this annoying world chant a verse

Rensei (Renshō)
singing,

Mower
dancing,

Rensei (Renshō)
playing the flute

Mowers
entertaining

Reciters
All pleasures were born from the heart to appreciate the beauty and elegance. A flute crafted from a bamboo that drifted up to the shore beautifully resonates. There are great flutes with names Saeda (Twiggy), Semiore (Cicada). As a grass cutter blows this, Call this flute Aoba (Green Leaf).

Ah well, upon Sumiyoshi Beach, Koma-bue (Korean flute) would be suitableBut we are on Suma Beach, Say, Ama-no-Takisashi (Saltmaker’s Ember), instead. A flute of ember, after baking the salt.

4 ツレ(草刈り男)は退場し、ひとり舞台に留まった前シテ(草刈り男)はワキ(蓮生)と言葉を交わす。草刈り男の頼み。(Favor of the Grass Cutter

能『敦盛』

やがて日も暮れ、男たちは各々の家へと帰ってゆく。
しかし、その中で一人の男(前シテ)だけが、どうしたわけか帰ろうとしない。
男は蓮生に念仏を授けてくれと頼む。聞けば、彼は敦盛のゆかりの者だという。蓮生は喜んで念仏を授け、二人は誓いの文句を唱える。『私が成仏した暁には、この世に留まる他の人々を、必ずや救ってあげましょう――』。

The grass cutter, who lingers alone after his companions leave, asks Rensei (Renshō) to repeat the prayer to Amitabha Buddha ten times and disappears, implying that he is the ghost of Atsumori.

詞章

ワキ(蓮生)詞
不思議やな余の草刈たちは皆々帰り給うに。御身一人留まり給うこと。何の故にてあるやらん

シテ(草刈り男)詞
何の故とか夕波の。声を力に来たりたり。十念授けおわしませ

ワキ(蓮生)詞
易きこと十念をば授け申すべし。それにつけてもおことは誰そ

シテ(草刈り男)詞
まことは我は敦盛の。所縁の者にて候なり

ワキ(蓮生)
所縁と聞けば懐かしやと。掌を合わせて南無阿弥陀仏

シテ(草刈り男)・ワキ(蓮生)
若我成仏十方世界。念仏衆生摂取不捨

〔下歌〕

地謡
捨てさせ給うなよ。一声だにも足りぬべきに。毎日毎夜のお弔い。あらありがたや我が名をば。申さずとても明け暮れに。向かいて回向し給える。その名は我と言い捨てて姿も見えず失せにけり。姿も見えず失せにけり

〔シテの中入り〕

口語訳

ワキ(蓮生)
不思議なことに他の草刈達は皆帰られたのに、あなた一人留まるのは何故ですか。

シテ(草刈男)
何故とお聞きになるのですか。念仏の声を頼りに来たのです。十念をお授けください。

ワキ(蓮生)
たやすいこと、十念をお授けいたしましょう。それにしても、あなたは誰なのですか。

シテ(草刈男)
実のところ、私は敦盛に縁のある者です。

ワキ(蓮生)
縁ある人と聞けば懐かしい。手を合わせて南無阿弥陀仏。

シテ(草刈男)・ワキ(蓮生)
若我成仏十方(にゃくがじょうぶつじっぽう)世界、念仏衆生摂取不捨(せっしゅふしゃ)(我【阿弥陀如来】が成仏したら、世界で念仏を唱える全ての人々を極楽に迎えよう)

〔下歌〕

地謡
お見捨てにならないでください。南無阿弥陀仏と一度唱えるだけでも成仏できるのに、毎日毎夜のお弔いは、なんとありがたいことでしょう。
私が名乗らずともおわかりでしょう。
明け暮れ回向してくださるその名は私です、と、言い捨てて、姿を消してしまった。

〔シテの中入り〕

英語訳

Rensei (Renshō)
How strange. I am wondering why you stay behind alone while other grass cutters have gone home. May I ask you why?

Mower
Ah, you ask me the reason? Your chanting the name of Amitabha Tathagata led me to you. Please, would you kindly repeat the name of Amitabha Buddha ten times for me?

Rensei (Renshō)
Of course. I will give you the ten invocations. But let me ask, who on earth are you?

Mower
I am someone who has ties with Atsumori.

Rensei (Renshō)
Oh, you have a bond with him. You remind me of him. Praying for him, Namu Amidabutsu(I devote myself to Amitabha Tathagata).

Mower and Rensei (Renshō)
If I (Amitabha Tathagata) be enlightened to Buddha, I will welcome all the people in all the worlds who chant Namu Amidabutsu to enter my paradise.

Reciters
The mower says, “Please, do not abandon me. Even one chanting, Namu Amidabutsu, leads us to the Buddha’s way. You even pray the holy invocation for me every day and night. How appreciated! You might already know my name. The name you always pray for, it is my own name. Saying so, the mower silently fades away. The mower silently fades away.

[Interlude]

5 前シテは自らの正体を仄めかし、姿を消す(中入)(Interlude)

内容は4に記載

6 間狂言が登場し、ワキと言葉を交わす-蓮生と須磨の浦に住む男との会話(Dialogue between Rensei (Renshō) and the Man Living on Suma Bay

能『敦盛』

この場面は「間狂言」といい、シテ(主役)の中入りの間に狂言方が登場し、曲の主題を説明する語り間あいの役割を果たす

草刈男と今のやりとりを不思議に思った蓮生は、通りがかりの浦の者(間狂言)を呼び止め、敦盛の最期の様子を知っているかと尋ねる。
男は当時の記憶を語り始める。
「…それにしても、あの熊谷の憎いこと。奴がこの地に来ようものなら、この私が敦盛の仇を討ってやりますとも!」
感極まった男は敦盛の無念を口にする。
そこで、蓮生が、自分が熊谷直実であると名乗ると、男は慌てて取り繕う。
男の言葉を静かに受け止めた蓮生は、さらに回向を進め、しばらく逗留し、敦盛の供養を続けることにする。

Rensei (Renshō), who wonders about the incident he has experienced, asks a local passerby about the story of the death of Atsumori. When he gives his old name, Kumagai no Naozane, the man recommends him to further pray for Atsumori. Rensei (Renshō) decides to stay for a while to hold further memorial rites for Atsumori.

7 蓮生の回向( Memorial Service by Rensei (Renshō))

蓮生は、夜を徹して敦盛の菩提を弔う。

Rensei (Renshō) holds a memorial service for Atsumori through the night.

詞章

〔待謡〕

ワキ(蓮生)
これにつけても弔いの。これにつけても弔いの。法事をなして夜もすがら。念仏申し敦盛の。菩提をなおも。弔わん菩提をなおも弔わん

口語訳

〔待謡〕

ワキ(蓮生)
このようなこともあるのだから、法事を営み、夜もすがら念仏を唱えて、敦盛の菩提をいっそう丁寧に弔おう。

英語訳

Rensei (Renshō)
Encouraged by this wonder, Be guided by this wonder, Hold a service through the night, chanting Namu Amidabutsu Pray more and comfort him, Ease the soul of Atsumori for enlightenment.

8 ワキ(蓮生)が弔っていると、後シテ(敦盛の霊)が現れる。(The Ghost of Atsumori Enters)

能『敦盛』

能『敦盛』

先刻の草刈りの男は、敦盛の幽霊であった。
蓮生は、ますます懇ろに敦盛の冥福を祈っていると、敦盛の霊(後シテ)が現れる。

The ghost of Atsumori (nochi-shite) enters and recites standing at joza.

詞章

〔一セイ〕

シテ(敦盛)
淡路潟通う千鳥の声聞けば。寝覚めも須磨の。関守は誰そ

現代語訳

〔一セイ〕

シテ(敦盛)
「淡路潟 通ふ千鳥の鳴く声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守」(金葉集、源兼昌)という古歌があるが、関守の眠りを覚ます声を、夜半に上げる者は、誰なのか。

英語訳

[issei]
With the rhythmic entrance music, the ghost of Atsumori enters.

Atsumori
An old poem sings, “To Awaji Island, plovers fly and cheep. How many nights is the gatekeeper of the Suma barrier awakened by their voices?” Yet, who else besides the gatekeeper stays late here?

9 後シテ(敦盛の霊)とワキ(連生)の会話( Dialogue between Atsumori and Rensei (Renshō))

能『敦盛』

「蓮生よ、生前の因縁に決着をつける時だ」 蓮生に挑みかかる敦盛。しかし蓮生は静かに教え諭す。「念仏の功徳は、あらゆる罪を消滅させる。過去の因果など、ありはしないのですよ…」。
宿敵・熊谷の面影は既になく、眼前にいるのは自分のため一心に祈る蓮生の姿。過去の因縁に囚われていた敦盛もまた、その姿を見て妄執の心を克服する。救い、救われる二人。以前は敵、今はまことの仏法の友。

The ghost of Atsumori is delighted at being given a chance for enlightenment, thanks to the memorial rites performed by Rensei (Renshō). He tells Rensei (Renshō) that an old enemy has become a friend that day and announces he will start his confession during the night.

詞章

シテ(敦盛)
いかに蓮生。敦盛こそ参りて候え

ワキ(連生)
不思議やな鳬鐘を鳴らし法事をなして。まどろむ隙もなきところに。敦盛の来たり給うぞや。さては夢にてあるやらん

シテ(敦盛)詞
何しに夢にてあるべきぞ。現の因果を晴らさんために。これまで現れ来たりたり

ワキ(連生)
うたてやな一念弥陀仏即滅無量の。罪障を晴らさん称名の。法事を絶えせず弔う功力に。何の因果は荒磯海の

シテ(敦盛)
深き罪をも弔い浮かめ

ワキ(連生)
身は成仏の得脱の縁

シテ(敦盛)
これまた他生の功力なれば

ワキ(連生)
日ごろは敵

シテ(敦盛)
今はまた

ワキ(連生)
まことに法の

シテ(敦盛)
友なりけり

地謡
これかや。悪人の友を振り捨てて善人の。敵を招けとは。御身のことかありがたし。とても懺悔の物語夜すがらいざや申さん。夜すがらいざや申さん

口語訳

シテ(敦盛)
蓮生よ、敦盛が今ここに来たのです。

ワキ(蓮生)
不思議なことに鐘を鳴ならしながら法要をし、まどろむ暇もないところに、敦盛が来られた。さてこれは夢であろうか。

シテ(敦盛)
どうして夢などでありましょうか。現世の因果にも及んで、その苦しみを晴らすために、ここまでやってきたのです。

ワキ(蓮生)
なんと情けないことを。「一度阿弥陀仏の御名を唱えれば、どんな罪もたちまち消滅させよう」と経文にあるように、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え法事を絶やさず弔えば、その功徳により何の因果もあるはずはないではありませんか。

シテ(敦盛)
私の深い罪をも弔って救いあげ、

ワキ(蓮生)
その弔いは、私自身が成仏して悟りを得る縁ともなるのです。

シテ(敦盛)
これはあなたが成仏するための功徳ともなっているのですね。

ワキ(蓮生)
以前は敵、

シテ(敦盛)
でも今は

ワキ(蓮生)
まことの仏法の

シテ(敦盛)
友なのです

地謡
まさにこれは、「悪人は友であろうとも振り捨て、善人は敵であろうとも近づけよ」ということである。有り難いことである。
有り難い、有り難い。それでは私の懺悔の物語を、一晩中語ろう。

英語訳

Atsumori
Monk Rensei (Renshō), Atsumori is here.

Rensei (Renshō)
How mysterious! In the midst of a memorial rite, ringing a gong and praying, I am too busy to doze. Yet, Atsumori comes and stands before me. I wonder, can this be a dream?

Atsumori
How can it be? My karma in this life torments me still. I come to see you to clear it.

Rensei (Renshō)
Oh, why you? As the sutra promises you, any sin will vanish with one saying of the holy name of Amitabha Buddha. I repeated the chant, Namu Amidabutsu, for you in daily memorial services. Being blessed, I believe you must no longer have any karma torturing you.

Atsumori
With the prayer, you save my soul, whose sin was as deep as a rough sea.

Rensei (Renshō)
The prayer for you will also lead me to Buddhahood.

Atsumori
I see. This prayer helps you to accumulate good deeds for becoming Buddha.

Rensei (Renshō)
Met as enemies,

Atsumori
Yet today,

Rensei (Renshō)
We are tied by Buddha’s Law

Atsumori
as friends.

Reciters
This must be what is often admonished “stay away from evil friends, come closer to respected foes.” The good foe must be you.
How grateful I am! Oh, so thankful, so thankful. Now, allow me to tell you my confession, the story of my life, all night.

10 後シテ(敦盛)、平家一門の因果応報を語る(〔クリ・サシ・クセ〕)(Atsumori’s Story)

能『敦盛』

敦盛の亡霊は、成仏するために生前の罪悪の懺悔を語り始める。

――権勢をほしいままにしていた平家一門。しかしその栄華も、所詮は無常の世の一コマに過ぎなかった。あれは寿永二年の、秋の葉の散る頃。一門もまた逆風に吹かれ、流浪の身に。故郷を慕って叶わぬ、あてどない都落ちの旅。ようやくたどり着いたこの須磨は、波風荒い鄙の地。そんな鄙の地で朽ち果ててゆく、哀れな一門の運命なのであった。

For the sake of becoming Buddha, the ghost of Atsumori begins recounting his confession of his sins in life.

詞章

〔クリ〕

地謡
それ春の花の樹頭に上るは。上水菩提の機を勧め。秋の月の水底に沈むは。下化衆生の。相を見す

〔サシ〕

シテ(敦盛)
然るに一門門を竝べ

地謡
累葉枝を連ねしよそおい。まことに槿花一日の栄に同じ。善きを勧むる教えには。遇うこと難き石の火の。光の間ぞと思わざりし身の習わしこそはかなけれ

シテ(敦盛)
上にあっては。下を悩まし

地謡
富んでは驕りを。知らざるなり

〔クセ〕

地謡
然るに平家。世を取って二十余年。まことに一昔の。過ぐるは夢の中なれや。寿永の秋の葉の。四方の嵐に誘われ散り散りになる一葉の。舟に浮き波に臥して夢にだにも帰らず。籠鳥の雲を恋い。帰雁列を乱るなる。空さだめなき旅衣。日も重なりて年月の。立ち帰る春の頃。この一ノ谷に籠りて暫しはここに須磨の浦

シテ(敦盛)
後ろの山風吹き落ちて

地謡
野も冴えかえる海際に。船の夜となく昼となき。千鳥の声も我が袖も。波に萎るる磯枕。海士の苫屋に共寝して。須磨人にのみ磯馴松の。立つるや夕煙柴と云ふもの折り敷きて。思いを須磨の山里に。かかる所に住まいして。須磨人になり果つる一門の果てぞ悲しき

口語訳

〔クリ〕

地謡
春の花が梢に咲くのは、高い志を持ち、悟りの境地を求める機会をとらえるよう勧めるものであり、また秋の月が水底に沈むのは、菩薩が下界に降りて衆生を救済する姿を表している。

〔サシ〕

シテ(敦盛)
しかしながら平家一門が、軒を連ねて兄弟一族がそろって栄える有様は、

地謡
まことに、木 むくげ 槿の花が朝開き夕方に萎むのと同じく、はかなき栄華である。善を勧める仏法の教えに、巡り会うことが難しく、人生は電光石火のごとく短いものとも気付かない。そんな人の習わしこそはかなく、情けないものです。

シテ(敦盛)
平家一門の者は、上位にあることをよいことに下々の者を苦しめ、

地謡
富かになって驕(おご)りを驕りとも思わなかった。

〔クセ〕

地謡
けれども平家が天下をとって二十有余年、ほんのひと昔のことで、過ぎてしまえば夢の中にいたようなものであった。寿永二年の秋、木の葉が嵐に翻弄されるて散るように、一門の者は散り散りとなり、一枚の葉のような小舟を海に浮かべ、波の間に寝起きし日々を重ね、都に帰ることなど夢にも思わぬ生活となった。
籠の鳥が雲を恋いこがれるように都を思い、北へ帰る雁が列を乱すように、行方知れぬ旅を続けていたのである。月日も過ぎて、翌年の春の頃、この一の谷に籠もり、暫しここ須磨の浦を住まいとした。

シテ(敦盛)
須磨の浦では、うしろの山から風が吹き下ろすと、

地謡
野も寒さがぶり返す海際では、夜となく昼となく聞える千鳥の声が涙を誘い、私の袖も涙と波に濡れ萎(しお)れて、枕も浮くばかりであった。
海士の苫 とまや 屋に大勢が一緒に寝て、田舎の須磨人にばかり慣れ親しみ、磯馴れ松のもとで夕 ゆうげ 餉の煙を立てるような侘びしい暮らしを送った。
柴というものを折り敷いて座り、物思いにふけり、須磨の山里に住み、須磨人になり果ててしまった、一門の末路こそ悲しいものであった。

英語訳

Reciters
Spring flowers bloom at the top of branches, showing us the holy teaching of Bodhisattva that we have to have nobler ambition and seek opportunities to reach Buddhahood. The autumn moon reflects from the bottom of water showing us the figure of the Bodhisattva who comes down to earth to save all creatures.

Atsumori
The gorgeous mansions of the Heike family stood side by side, representing the prosperity of the clan. However, such flourish

Reciters
was ephemeral just as the rose of Sharon blooms in the morning but withers in the evening. It is difficult to encounter the Buddhist Law, which promotes virtue. Human nature is pitiful because we do not notice our lives are as short as a spark from a flint.

Atsumori
Members of the Heike clan wallowed in their high status, and tormented those below them.

Reciters
Enjoying the wealth and flourish, my family never thought we were arrogant.

Reciters
Twenty and some years have flown by while the Heike clan ruled the world. It was only one generation, and the days passed by swiftly as a dream. In the autumn of 1183, just as leaves scattered everywhere by a storm, the members of the clan were driven asunder. Living on a boat for days and floating like leaves on the waves, we even could not have a dream of returning to Kyoto. We missed Kyoto like a caged bird misses the clouds. Rather, we scattered like geese flying north, separated from their formation. After drifting aimlessly for months, the next spring came. Our clan camped at Ichi-no-tani, going ashore from the western sea, and making this Suma Bay our temporary residence.

Atsumori
When the wind blew down the hill behind Suma Beach,

Reciters
the village and the field were shiveringly cold. On the shore where boats came together, the plovers cried day and night. Their voices made me cry. My sleeves wet and wilted in tears and the ocean splash, and my pillow floated on my tears. Many of us slept together in a fisherman’s shack on the beach. We became familiar with the villagers and grew used to cooking evening meals under a slanted pine. What a sad, shabby life! We covered the ground with brushwood to have a seat and be bemused. It was sad to see our class decline so greatly, falling to become rural villagers now living in such a wilderness at Suma.

11 敦盛の舞(Dance of Atsumori)

能『敦盛』

後シテ(敦盛)は、生前の束の間の遊興を思い出し、舞を舞う(〔中之舞〕)。
「そんな辛い日々の中、いっときの気を紛らわせてくれたもの。二月六日の夜、父経盛は私たちを集め、歌を謡い、舞い遊んだのだった――」。
それこそ、あの合戦の前夜、敵陣から漏れ聞こえてきた笛の音の正体であった。「一門の人々が心を一つに、声を合わせて謡ったのだ…」
敦盛は、その遊宴の舞を思い出し、その場で舞を舞い、往時のありさまを再現する。

The ghost of Atsumori recounted the party held the night before the battle and recreated his dance at the party.

詞章

シテ(敦盛)詞
さても如月六日の世になりしかば。親にて候経盛我らを集め。今様を謡い舞い遊びしに

ワキ(連生)
さてはその夜の御遊びなりけり。城の内にさも面白き笛の音の。寄手の陣まで聞こえしは

シテ(敦盛)詞
それこそさしも敦盛が。最期まで持ちし笛竹の

ワキ(連生)
音も一節を謡い遊ぶ

シテ(敦盛)
今様朗詠

ワキ(連生)
声ごえに

地謡
拍子を揃え声を上げ

〔中之舞〕

口語訳

シテ(敦盛)
さて二月六日の夜のこと、父の経 つねもり 盛は我らを集め、皆で今様を謡い、舞を舞って宴を楽しんだのです。

ワキ(蓮生)
さてはその夜の宴のお遊びだったのですね。城内からなんとも優雅な笛の音が、こちらの寄せ手の陣まで聞えてきました。

シテ(敦盛)
それこそ、私、敦盛が、あのように最期まで持っていた笛の、

ワキ(蓮生)
音も、面白い一節を吹き興じて、

シテ(敦盛)
今様や朗詠を、

ワキ(蓮生)
皆声々に、

地謡
拍子をそろえ声を上げて歌舞に興じる。

〔中之舞〕
笛・小鼓・大鼓の演奏で舞が舞われる

英語訳

Atsumori
On the night of the sixth day of the second month, my father, Tsunemori, gathered us to have a party for singing and dancing.

Rensei (Renshō)
That being the case, I now know the reason for the music that night. The wind carried the splendid music of a flute from your camp to ours.

Atsumori
Yes, it was mine, Atsumori’s flute, which I carried with me until the last moment of my life.

Rensei (Renshō)
You enjoyed playing particularly amusing songs.

Atsumori
We sang and recited imayō poems.

Rensei (Renshō)
You all recited in chorus,

Reciters
amused singing in the clapping of hands.

[Chū-no-mai]
A dance is performed with the music of a Japanese flute and the small and large hand drums.
Instead of [chū-no-mai], [otoko-mai] or other type of dances are performed in some cases, depending upon the school.

12 敦盛の戦語り(Atsumori’s War Story)

能『敦盛』

能『敦盛』

能『敦盛』

後シテ(敦盛の亡霊)は、最後の戦いで熊谷直実に討ち取られたことを語る。

「――それも長くは続かなかった。源氏の襲来を受け、一門の人々は船に乗り込み逃げてゆく。残された私は、沖ゆく船を呆然と見送るばかり。そのとき、背後からそなたが迫ってきたのだ」 過去の妄執が再びこみ上げてきた敦盛は、蓮生に斬りかかる。

しかし、彼の眼に映ったのは、一心に弔い続ける蓮生の姿。

後シテ(敦盛の霊)は、熊谷に弔われたのでもう敵ではないと語り、「一つ浄土で会おう。私を弔うその心を、忘れないでいておくれ」とワキ(連生)に回向を頼んで消えてゆき、この能が終わる。

The ghost of Atsumori recreates the scene of his fatal combat with Kumagai no Naozane with gestures. He tells Rensei (Renshō) that they are not enemies any longer as he has been consoled by the same person who killed him. After asking for further prayers on his behalf, the ghost of Atsumori disappears. With the fast, wild rhythm of [chū-nori-ji] (also called suhra-nori) press onward, the shite single-handedly skillfully performs two different persons, Atsumori himself and Kumagai, in the past scene of their deadly combat.

詞章

シテ(敦盛)
さる程に。御船を始めて

地謡
一門皆々船に浮かめば乗り遅れじと。汀に打ち寄れば。御座船も兵船も遥かに延び給う

シテ(敦盛)
せん方波に駒を控え。呆れ果てたる。有様なり。かかりけるところに

地謡
後ろより。熊谷の次郎直実。遁さじと追っ駈けたり敦盛も。馬引き返し。波の打ち物抜いて。二打ち三打ちは打つとぞ見えしが馬の上にて。引っ組んで。波打際に落ち重なってついに。討たれて失せし身の。因果はめぐり逢いたり敵はこれぞと討たんとするに。仇をば恩にて。法事の念仏して弔わるれば。終には共に。生まるべき同じ蓮の蓮生法師。敵にてはなかりけり。跡弔いて。賜び給え。跡弔いて賜び給え

口語訳

シテ(敦盛)
そうしているうちに、(安徳天皇が乗られる)御座船を始めとして、

地謡
一門の皆々は、舟を浮かべ、乗り遅れまいと、波打ち際に駆け寄ると、御座船も兵舟も、遙か沖へと去ってしまう。

シテ(敦盛)
致し方なく、波打ちぎわに馬をとめ、途方にくれるばかりである。

シテ(敦盛)
そうしているところに、

地謡
うしろから、熊谷の次郎直実が、逃すまいと追ってきた。敦盛も、馬を引き返し、太刀を抜いて、二打ち三打ちばかりは打ち合ったが、馬の上で組み合ったまま、波打ち際に、重なり合って落ち、ついに討たれてしまった。因果は巡り、今ここに直実とこの敦盛が相対し、敦盛が仇を討とうとすると、直実は仇を恩で報いて、法要の念仏で弔ってくれた。そのため最後には二人ともに極楽の同じ蓮に生まれ変わることができるだろう。その蓮と同じ名を持つ蓮生法師よ、あなたはもはや敵ではない。どうか、わが菩提を弔いたまえ。

英語訳

Atsumori
Before long, including the boat conveying the Emperor Antoku

Reciters
the people of the Heike clan began to launch and board their ships to sail forth one after another. When I rushed into the waves not to miss a boat, His Majesty’s boat and warrior’s boats had already sailed far out.

Atsumori
Stranded alone on the back of a horse on the beach I was hopeless and could not decide what I should do.

Atsumori
At just that moment,

Reciters
Kumagai no Jirō Naozane fiercely pursued him. Atsumori pulled his horse back to face Naozane, and unsheathed his sword. They exchanged several blows with their swords. They grappled with each other on horseback before falling to the beach together, and Atsumori was finally killed.Today my fate brought me here to meet you. When I tried to slay you as my foe, I found that you have rewarded an old enemy with kindness and prayed for the peace of my soul with holy invocations. I believe we will both be reborn on the same lotus flower in Paradise in the end.
Monk Rensei (Renshō), your name is the same as the lotus flower. You were not my enemy. Please, pray for me. Please comfort my soul.

 
『平家物語』を読み、熊谷直実と平敦盛の物語に触れてみませんか?

Sponsored Links