愛犬に強迫性障害の症状がみられたら

毛布を吸う犬、体を舐める猫――かわいいと思って見ているペットのその行動、もしかしたらペットからのSOSかもしれません。

強迫性障害について

私は強迫性障害という精神疾患をもっています。

強迫性障害は不安障害の一種で、以前は「強迫神経症」と呼ばれていました。

強迫観念と強迫行為の二つを伴うのが特長で、症状がどちらか一方のみの場合、強迫性障害とは診断されません。

自分の意に反して、不安あるいは不快な考えが浮かび、抑えようとしても抑えられない(強迫観念)、そして、そのような考えを打ち消そうとし、無意味な行為を繰り返す(強迫行為)。

自分でもそのような考えや行為は不合理だとわかっているが、やめようとすると不安が募り、やめられない。つまらない、ばかげている、そう頭ではわかっていても、不安に負けてしまい、やめられないのです。

世界の人口のうち、2~3%の人たちが強迫性障害ともいわれていますが、これは人間だけでなく犬や猫、ホッキョクグマ、ゾウなど、様々な動物にもみられます。

強迫性障害については、以前書いたこちらの記事も参考にしてください。

強迫性障害(OCD)について

強迫性障害と私(発症)

強迫性障害と私(病気がわかってから)

強迫性障害と私(その後)

強迫性障害と私(今苦しんでおられる方へ)

犬は人と生活するために、様々に交配を重ねられた結果、様々な犬種が誕生しました。その過程で、ある特定の犬種の優れた特性が遺伝し、残され、強調されていくのと同時に、あまり良くない特性、例えば犬種ごとのかかりやすい病気などの情報も遺伝することとなり、それには精神疾患も含まれています。

強迫性障害(OCD:Obsessive–compulsive disorder 、犬の場合は、CCD:canine compulsive disorder)でみると、犬の中でも特にドーベルマンはその発症率が高く、アメリカにいるドーベルマンの約28%に強迫性障害の症状があるともいわれています。

ちょっと補足:ドーベルマン、てどんな犬?

ドーベルマン(Doberman)は、ドーベルマン・ピンシャードーベルマン・ピンシェルとも呼ばれ、ドイツを原産とする犬種です。

19世紀後半、ドイツのテューリンゲン州に住んでいたブリーダー、カール・フリードリヒ・ルイス・ドーベルマンという人物によって警備犬として作り出されたのがはじめです。

ドーベルマン氏の本業は税金徴収官で、現金を持ち歩くことが多かった彼は優秀な警備犬の必要性を感じ、ジャーマンピンシャーを基礎に、ジャーマンシェパード、ロットワイラー、ワイマラナー、マサチューセッツテリアなどを交配し、ドーベルマンという犬種を生み出しました。

ジャーマン・ピンシャー(英:German Pinscher)

Licensed under Creative Commons License ”CC BY-SA 3.0″ , via Wikimedia Commons.

古くから存在するドイツ原産の犬種です。主にネズミを駆除する役割を担っていましたが、その狩猟能力の高さから、広く使役犬として人気がありました。

ロットワイラー(英:Rottweiler

Licensed under Creative Commons License ”CC BY-SA 3.0″ , via Wikimedia Commons.

ドイツ原産の牧牛用・警備用の犬種です。紀元前にローマ人がもたらしたモロサスタイプの犬を先祖とし、もともと番犬として使われていましたが、パワフルでかつ頭の切れる優れた犬であったため、牧牛犬として改良されたのがはじまりとされています。

ワイマラナー(独:Weimaraner)

ドイツ原産の狩猟犬で、19世紀初頭に、ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公カール・アウグストの宮廷で作出され、特に外見上の高貴さと信頼が置ける狩猟犬であることを目的に改良を重ねられました。長い間ヴァイマルの貴族に秘蔵され、外にでることはありませんでした。

みんな美しい犬たちですね。

ドーベルマンの毛は短く、細身で筋肉質なスタイルをしており、俊敏で走力に優れ、その優美な姿は「犬のサラブレット」とも呼ばれています

一般的にドーベルマンといえば上の写真のような姿を連想される方も多いと思いますが、これは、幼い頃に「断耳」「断尾」をしているもので、本来は垂れた耳と、長く細い尾を持っています。

ドーベルマンは警備犬として作り出された品種なので、長い耳や尾をもっていると、それが急所となり怪我をしてしまうこともあります。なので、幼い頃にそれを短くする「断耳」「断尾」の習慣が生まれました。

しかし、近年は動物愛護の観点からこれを行わない場合も多く、ドーベルマンの原産国であり、動物愛護先進国ともいわれるドイツでは、犬の「断耳」「断尾」は禁止されています。(日本では禁止されていません。)

私はドーベルマンと一緒に暮らしたことがないので、安易にどちらが良いかはわかりませんが、垂れ耳のドーベルマンも違った魅力があってかわいいです。

この強く、逞しく、頼もしい印象のドーベルマンに、強迫性障害の症状が出やすいというのは、少し意外な印象も受けます。

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犬と人の強迫性障害の共通点

強迫性障害は、人種や国籍、性別に関係無く世界の人口の2%程度が罹患しており、その90%が15歳から25歳で発症し慢性に経過しているといわれていますが、幼少期、壮年期に発症する場合もあり、一概には言えません。

その発症のメカニズム、原因については不明なことが多く、はっきりとは解明されていませんが、神経症の原因とされる心因(心理的・環境的原因)よりも、大脳基底核、辺縁系、脳内の特定部位の障害や、セロトニンやドーパミンを神経伝達物質とする神経系の機能異常が推定されています。

これだけ医療の発達している人間の医療でも、未だよくわかっていない強迫性障害ですが、犬の場合はどうなのでしょう?

パデュー大学(Purdue University:アメリカ、インディアナ州)獣医学部動物行動学の尾形庭子准教授が、強迫性障害のドーベルマン8頭と、同数の健常犬を対象にMRIスキャンを実施したところ、強迫性障害のドーベルマンは脳組織量が多く、特に灰白質の総量が上回ったということです。灰白質は、脳と脊髄内部にある灰褐色の細胞組織で、大部分が神経細胞から成ります。一方、特定部位における灰白質の密度は低く、どちらも人間の患者と同じ特徴を示していることがわかりました。

犬も人間も、あるいは他の動物たちも、同じメカニズムで強迫性障害を発症している可能性が高い、ということです。

人には、洗浄強迫、確認行為、縁起恐怖、数唱強迫、不完全恐怖、被害恐怖、加害恐怖などの様々な症状がありますが、犬にはどういった強迫症状がみられるのでしょう。

犬に見られる強迫性障害の主な症状

愛犬に、体を舐める、毛布を吸う、見えない虫を一生懸命つかまえようとする、自分の尾を追いかける、自分の影を追う、穴を掘る等といった常同障害(一定の行動を何度も繰り返す)の症状が見られる場合、それは、もしかしたら強迫性障害によるものかもしれません。

ただ、愛犬がその行為をしているからといって、すぐに強迫性障害と決めつけてはいけません。それは、ただの遊びかもしれないし、まだ幼い場合、お母さんが恋しくて毛布を吸っているだけなのかもしれません。

犬を飼っている場合当然のことですが、日頃から愛犬の行動をよく観察するということが重要です。そうすることで、言葉で人に症状を伝えることができない愛犬の身体の不調に、少しでも早く気づくことができます。

そして、愛犬が強迫性障害と思われる行動を繰り返している場合、愛犬の好きなおもちゃやおやつで誘ってみてください。それで行動が治まれば良いのですが、すぐにまた行為を再開してしまう、或いは誘いにも興味を示さず、ひたすら行為を繰り返している場合、それは、かなりの確率で強迫性障害が疑われます。その場合、必ず獣医さんに相談してください。

例えばこの動画のドーベルマンは、「Flank sucking」という脇腹を吸う強迫性障害による行為を行っていますが、人が声をかけるなどして注意をひくと、一瞬その行為をやめるものの、すぐに「Flank sucking」をはじめてしまいます。

人の強迫性障害では、「わかっているけど、やめられない」、「やめたいけど、やめられない」などといった表現がよく使われます。

犬の場合、やめたいと思っているかどうかはわかりませんが、同じ行動を繰り返すという状態が、非常に強いストレス状態にあるということは、犬も人間も同じだと思います。

それでは、犬の強迫性障害としてよくみられる症状と、それがよくみられる犬種をみていきたいと思います。

肢端舐性皮膚炎皮膚炎(Acral Lick Dermatitis ALD)

繰り返し体の同じ場所を舐めることで、皮膚が炎症を起こしてしまうものです。

  • ドーベルマン・ピンシャー
  • ラブラドール・レトリバー
  • グレートデン
  • ジャーマン・シェパード

影追い行動(Light Chasing ・ Shadow Chasing)

光や影を追い続ける行動です。

  • ワイヤーヘアード・フォックス・テリア
  • オールド・イングリッシュ・シープドック
  • シュナウザー
  • ロットワイラー
  • ゴールデン・レトリバー

ハエ噛み行動(Fly snapping)

実際にはいない虫(ハエ)をつかもうとするように、口をパクパクとさせる行動です。

  • テリア系
  • キャバリア
  • ドーベルマン
  • バーニーズ・マウンテン・ドック
  • イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル
  • ラブラドール・レトリバー
  • ジャーマン・シェパード

脇腹を吸う行動(Flank sucking)

ドーベルマンによくみられる、自分の脇腹を吸う行動です。

これと似た行動に、毛布を吸う、ブランケット・サッキング「Blanket Sucking」(ウール・サッキング)があります。この場合、毛布を吸うことで体内に布の繊維が入り、それが腸に詰まるなどした場合非常に危険なので、注意が必要です。

尾追い行動(Tail chasing)

自分の尾をぐるぐると追い続ける行動です。

  • テリアや牧羊犬に多い
  • ブル・テリア(家族性が示唆されている)
  • オーストラリアン・キャトル・ドック
  • ジャーマン・シェパード

この他にも、回転(Spinnig)反復性の旋回(Repetitive circling)塀の中を走り回る(Fence running)穴掘り行動(Digging)徘徊(Pacing)理由のわからない無駄ぼえ(Excessive barking)、など、人と同じで、その症状は様々です。

愛犬に強迫性障害が疑われる場合

愛犬が強迫性障害と思われる行動を行っているとき、飼い主が騒いだり、不安を示したり、また、無理やりそれをやめさせようとしてはいけません。「飼い主の不安は犬にうつる」ともいわれていますが、愛犬は、飼い主が思う以上に飼い主を見ているものです。飼い主が不安になり騒げば、愛犬はますます不安を感じ、その強迫性障害の症状は酷くなっていくかもしれません。

まずは愛犬をよく観察してください。どういうときに、どういった常同障害が見られるのか、飼い主が注意をひけばすぐにやめるのか、それともそれを繰り返すのか。

そして、愛犬に強迫性障害が疑われる場合、まずは獣医さんに相談してください。専門知識を持たない人の素人判断はとても危険です。例えば、愛犬が身体の同じ箇所を舐め続ける場合、それは強迫性障害ではなく他の病気によるものかもしれません。もしかしたら、その箇所に違和感があり、それで舐めているかもしれないからです。また、身体に痛みがあり、それをまぎらわすための行動なのかもしれません。そういった判断は、獣医さんの医療行為でしかできないものです。

また、愛犬が強迫性障害になってしまったからといって、その原因が飼い主の愛情不足とは限りません。先にも書きましたが、強迫性障害の原因は、心因よりもセロトニンやドーパミンを神経伝達物質とする神経系の機能異常が推定されています。もちろん、運動不足、飼い主にあまり遊んでもらえないなどのストレスから強迫性障害を発症することもあるでしょうが、どんなに愛情を受けていても、遺伝や他の要因で発症してしまうこともあるかもしれません。

さらに、強迫性障害は人間でも完治するのが難しい病気です。獣医さんに相談しても、強迫性障害による症状が治まらないこともあるでしょう。

愛犬の強迫性障害による症状が続くのなら……

しかし、愛犬と人間は、そのライフスタイルが異なります。

人間の場合、家庭の他に、学校、職場、親戚、友達、恋愛、ご近所付き合いというように、様々な環境の中で生活をし、その症状を重くさせる原因がわかっても、それを取り除くことが難しい場合も多いです。

ただ、愛犬の生活のほとんどは、飼い主とその家庭の中にあります。つまり、飼い主が愛犬のストレスの原因を取り除いてあげることで、強迫性障害による症状を軽くしてあげることもできるのかもしれません。

犬のストレスの原因として多いのが、運動不足、騒音、狭いケージでの飼育、飼い主とのスキンシップ不足、飼い主からの過度な愛情などです。少しでも思い当たるものがあれば、それを解消させていきます。

また、最近では犬の「知育おもちゃ」が多く販売されています。愛犬が夢中になれるものを与えることも、有効な方法かもしれません。

私も犬と一緒に生活しています。

一緒に生活していて感じることは、いろいろな飼育書や、しつけについての様々な情報がテレビやインターネットなどで紹介されていますが、一番大切なことは、どんな文章を読み、どんな情報を詰め込むより、目の前の自分の愛犬と日々会話をするということです。愛犬が自分に何を求め、何を訴えているのか、それは、愛犬の目を見て、しっかりとその心を聴いてあげることでしかわかりません。

私も強迫性障害患者だからわかります。

自分でもはっきりとした原因がわからないまま、ただただ不安で同じ行動を繰り返すというのは、とても辛いものです。血が出ても手を洗い続ける――血が出ても同じ場所を舐め続ける――、強迫行動を繰り返す辛さは、きっと人間も動物も同じなのではないでしょうか?

人間は、私のように自分が強迫性障害であることを隠します。

しかし、動物は隠しません。ただその行動を繰り返します。

そして、それに一番早く気づいてあげられるのは、一番近くにいる飼い主さんです。

強迫性障害は完治することが難しい病気ですが、きっと、飼い主さんとの関係の中で、愛犬の症状が落ち着くことも多いのではないでしょうか。

心の病気は、人間も動物も、まだまだわからないことがたくさんあります。

ただ、一緒に暮らす家族とそのペットの場合、日頃から相手をよく気にかけ、コミュニケーションをしっかりとり、互いに気遣うことで、たとえ何らかの要因で心の病気を発症してしまったとしても、自分を支えてくれる力強い存在を近くに感じることで、少しは気持が楽になっていくものだと思います。

強迫性障害が、心の病気なのか、脳の病気なのか、神経系の病気なのかはわかりませんが、それで苦しんでいる人や動物たちはたくさんいます。その原因を解明する医療の発展も重要ですが、その症状に今苦しんでいる人や動物、特に人と暮らすペットの場合、一番頼れる人――飼い主のサポートが何より重要で、心強いものなのだと思います。

毎日の生活の中で、疲れること、ストレスを感じることも多く、自分のことだけでいっぱい一杯になってしまうことも多いです。しかし、ペットは好き好んで人と暮らしているわけではありません。人が家畜化し、一緒に暮らすようになり、そして、今暮らしているペットも、ペットが望んでその家に来たわけではなく、飼い主が一方的に選んだ場合が多いのではないでしょうか。

「動物を飼うということは、自分の命を削ること」という名言があります。

動物を飼うということは、その命を、その一生を預かるという、非常に重たい責任が伴うものです。

日々の生活の中で、ペットのストレスサイン、心身の異常を見逃さないようにし、獣医さんとも相談しやすい良い関係を築きながら、ペットの生活を幸せに、より良いものにしていきたいものです。

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